久しぶりにコラムを再開します。
この令和5年4月から、知的財産権をテーマとした初めてのドラマ「それってパクリじゃないですか?」(以下、「それパク」)が放映されています。特許事務所や知財部では、この業界を取り上げる初めてのドラマということで、注目されているようです。そのドラマを見て、私なりの意見を述べたいと思います。あくまでも、個人の感想ということを注意書きしておきます。
刑事ものドラマ、裁判ものドラマ、医療ものドラマでも、実際の現場ではあり得ない設定やシナリオがあります。それは、ドラマとしての面白さを出すために、当然のことですし、視聴者やその関係者も、ドラマの中のもの(フィクション)として理解しています。
この「それパク」も当然、そのようなあり得ない設定、または、「100%無いとは言えないが、実際は起きないであろう設定」なるものが、たびたび出てきます。私(弁理士、知的財産部勤務歴有、現在、特許事務所経営)としては、私達の業界がクローズアップされたドラマとして、非常に嬉しく思っておりますし、毎週楽しく拝見しています。が、そうは言っても、やはりツッコみたくなるところが沢山あるので、ここで、書かせていただきます。
今回は、第1話です。冒認出願がテーマです。あらすじを言いますと、主人公である月夜野ドリンクの開発部社員「藤崎」(芳根京子)であるが開発した「キラキラボトル」の技術が、ライバル企業Hに盗まれて特許取得されましたが、それは、「藤崎が、大学の同窓会にて、ライバル企業に在籍のAさんに、その技術を漏洩したため」と、月夜野ドリンクの知財部である北脇弁理士(重岡大毅)に疑われるというものです。詳しい内容は、公式HPをご覧ください。
ツッコみどころ1
冒認出願は検討しません!
同時期(例えば、1年以内)に、ライバル企業から、同一や似た技術の特許が出ていたとしても、真っ先に、冒認出願を疑うことはしません。通常は、「先に、開発されてしまった」と、自社の研究スピードの負けを認めます。
そして、ただちに、月夜野ドリンクの知財部は、ライバル企業Hの特許の無効化を図ります。いわゆる無効資料を探します。また、同時に、開発部は、ライバル企業Hの特許を回避するよう、キラキラボトルの技術変更も検討します。
北脇弁理士は、「冒認出願を認めて、取り返すしか方法は無い」みたいな発言をしていますが、全然そんなことは無いです。むしろ、「そっちの方法の方が無い」と突っ込みたくなります。
ツッコみどころ2
技術盗用から1週間で特許出願完了は超タイトスケジュール!(特許事務所泣かせ)
技術を盗用したと疑われている藤崎の同窓会から、ライバル企業は、たった1週間で特許出願しています。技術を盗用してから、1週間でその技術を特許出願することは、(理論的にあり得なくは無いが)、実際は相当難しいです。特許出願には、①技術資料(実験データなど)をまとめる、②上司に説明し特許出願の許可を得る、③特許事務所と打合せして特許書類の作成依頼(または、ライバル企業H自体が特許書類を作成)、④特許書類のチェック、の手続きを踏みます。
特許出願を経験した人なら分かりますが、①~④でだいたい2カ月以上かかるのが通常です。③の作業だけでも1カ月ほど要します(打ち合わせ時に1週間以内の作成でお願いされることが過去に数回ありましたが、めっちゃ大変でした…)。この必要時間を考慮すると、同窓会のかなり以前の時期から、ライバル会社Hは、①~④の準備をしていたと判断するのが妥当です。
ツッコみどころ3
たとえ藤崎がAさんへの技術漏洩を認めても、特許を取り返すことは厳しい!
北脇弁理士は、藤崎が技術漏洩を認めることが、ライバル企業Hの特許を取り換える方法だと説明しています。これは、法律では、冒認出願による移転請求(特許法第74条1項)に基づきます。これは、理論上、確かに正しいです。
しかし、たとえライバル企業Hと訴訟で争っても難しいと言えます。ライバル企業Hが、月夜野ドリンクから技術から教えたとすごすごと認めるはずが無く、藤崎の技術漏洩は無かったと反論するでしょう(藤崎による技術漏洩の物的証拠がない)。また、ライバル企業ですから、当然、ボトルの研究はしているでしょうし、大学の同級生であるAさんが在籍していますので、藤崎とAさんとは、同様の技術的な知識を持っている可能性が高いです。そうすると、ライバル企業は、Aさんがキラキラボトルを開発しましたと反証すれば、裁判所は、ライバル企業の主張を認める公算は高いと思います
ツッコみどころ4
ライバル企業は、結局は自社でキラキラボトルを開発していたかも!
最終的には、月夜野ドリンクの増田社長(赤井英和)が、ライバル企業Hの人にキラキラボトルの実物を見せていたため、ライバル企業Hは、技術盗用による冒認出願を求めて、月夜野ドリンクに特許を渡すことになりました。
実際は、本当に冒認出願なのか疑わしいところがあります。増田社長は、確かにキラキラボトルを見せていました。ところで、キラキラボトルの特徴は、キラキラの配合やコーティングにあると藤崎は言っていました。これは、キラキラボトルを見るだけでは一見して分かりにくいものです。増田社長は、ドラマのシーンを見ると、月夜野ドリンクの研究員との交流がほとんどなく、おとぼけキャラなので、そのキラキラボトルの詳細まで把握しているような方ではない可能性が高いため、その詳細までを、ライバル企業Hの人に説明していたか疑わしいです。ライバル企業Hの人は発明の本質までは増田社長からは教えてもらえず、結局、自ら開発したのではないでしょうか。
(増田社長が、詳細が書かれた研究資料も持ち出していて、ライバル企業Hの人に見せていれば、このツッコみどころ4は間違いですね。そんな社長はいないと思いますが)
補足
冒認出願による移転請求が認められた裁判例として、東京地判平成30年10月25日判決(平成29年(ワ)第10038号)「自動洗髪装置事件」があります。これは以下のケースです。
A社が、B社にお金を支払い開発依頼をし、その結果、B社が自動洗髪装置を発明しました(A社は何も開発していない)。B社は、開発結果の内容をA社に見せたところ、A社が、勝手に自動洗髪装置の特許を出願し、取得しました(特許第5944025号)。これに対して、B社は、自動洗髪装置の特許の冒認出願およびそれによる移転請求を求めて訴訟したところ、B社の主張が認められました。
ライバル企業の関係による移転請求の案件ではありません。冒認出願による移転請求を認めた裁判例は少なく、ハードルが高いと言えます。
トップ画像は、「それってパクリじゃないですか?」公式サイトから引用。
下の画像は、特許第5944025から引用。