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2026年9月4日

アイデアは契約でしか守れない|ヒロシさんの焚き火台トラブルを弁理士が読み解く

はじめに

2026年8月、お笑い芸人のヒロシさんが、自身が制作を依頼した焚き火台をめぐって、メーカーである笑’s(ショーズ)との間でトラブルになっていることをSNSで公表し、大きな話題になりました。

この件はしばしば「アイデアを盗まれたのか、盗まれていないのか」という当事者どうしの対立として語られます。しかし弁理士の目から見ると、ここにあるのは、ものづくりの現場で毎年のように繰り返されているきわめて典型的な構図です。

「アイデアを出した人」と「かたちにした人」が、権利の話を後回しにしたまま走り出してしまった。──ほとんどの共同開発トラブルは、これに尽きます。

今回は、この事例を素材に、個人や小規模事業者がメーカーと組んで商品をつくるときに、何を、いつ、どう決めておくべきかを整理します。同じ立場に立つ可能性のある方にとって、他人事ではない話だと思います。

1. 何が起きたのか ── 報道されている経緯

図1 報道されている経緯(2026年8月)

報道されている範囲をまとめると、経緯はおおよそ次のようなものです。

ヒロシさんが焚き火台の制作を笑’sに依頼し、自身の考えた形を提示しました。笑’s側は約3か月をかけて構造設計と試作を行い、その間の設計料・試作料は受け取っていないと説明しています。そして製品が完成した後、契約書の内容をめぐって双方の条件が折り合わず、決裂しました。

ここで押さえておきたいのは、「契約がまったくなかった」のではなく、「契約書を交わす段になって初めて権利の配分が議題になり、そこで決裂した」と報じられている点です。

笑’s側が公式アカウントで「受け入れられなかった一番の理由」として挙げているのは、契約書にあった次の一文です。

 

「著作者人格権及びその他の人格権を行使しない。対価は製造委託料に含まれるものとする。」

 

同社は、この条件が見積りの後に出てきた「後出し」のものだったとも説明しています。このほか一部報道では、知的財産権および図面の帰属をめぐっても双方の主張に隔たりがあったと伝えられています。

つまり本件は、契約書がなかった事案ではありません。

契約書を出すタイミングが遅すぎた事案です。この違いは、実務上とても大きな意味を持ちます。

2. 大前提 ──「アイデア」そのものは、法律では守られない

まず、多くの方が誤解している点から確認します。日本の法律に「アイデアを守る権利」というものはありません。

図2 「アイデア」は、どこから法律で守られるのか

■ STAGE 1:着想 ── 権利は発生しない

「こういう焚き火台があったら良いと思う」「この形にしたい」という段階です。頭の中の構想も、口頭での説明も、ラフスケッチも、それ自体では何の独占権も生みません。どれだけ独創的でも、どれだけ先に思いついていても同じです。

■ STAGE 2:具体化 ── 営業秘密になり得るが、条件がある

設計図面、寸法、材料、試作品といったかたちで技術的思想が具体化された段階です。この情報は不正競争防止法上の「営業秘密」として保護される可能性がありますが、そのためには、秘密として管理されていたこと(秘密管理性)、事業活動に有用であること、公然と知られていないことという要件を満たす必要があります。

口頭で伝えただけ、無印のスケッチをメールで送っただけでは、通常この「秘密管理性」を満たしません。「マル秘」の表示、アクセス制限、そして何より秘密保持契約が、この要件を支えます。

■ STAGE 3:出願・登録 ── ここで初めて独占権になる

特許庁に出願し、審査を経て登録されて、はじめて意匠権・特許権・実用新案権という独占権が発生します。逆に言えば、出願していない限り、どれだけ優れた形でも法律上は誰のものでもありません。

そして、ここが本記事で最も伝えたい点です。

契約だけは、STAGE 1 から効きます。権利がまだ何も発生していない着想の段階でも、秘密保持契約と権利帰属の合意があれば、相手を法的に縛ることができます。アイデアの段階で自分を守れる手段は、事実上これひとつしかありません。

3. アイデアを出した側に、法的な武器はあったか

では、仮に「同じものを勝手に売らないでほしい」と主張したい場合、どんな法律が使えるのでしょうか。一般論として、ひとつずつ検証します。

図3 アイデアを出した側が主張できる法的手段はあるか

■ 意匠権 ── 未出願なら、権利はゼロ

意匠権は、特許庁に出願して登録されて初めて発生する権利です。出願していなければ、どれほど自分が考えた形であっても、法律上は主張できるものがありません。

ただし、すでに公開してしまった場合でも、公開の日から1年以内であれば「新規性喪失の例外」の適用を受けて出願できる余地は残ります(意匠法4条2項。平成30年改正で6か月から1年に延長されました)。出願から30日以内に証明書を提出する必要があるなど手続の制約はありますが、「もう公開したから終わり」と諦める前に、必ず専門家に相談してください。

■ 特許権・実用新案権 ── 未出願であることに加え、「発明者は誰か」の壁

こちらも未出願であれば権利はありません。そのうえで、共同開発の場合にはもうひとつ大きな論点があります。

それが「そもそも誰が発明者なのか」という問題です。これは項を改めて説明します(4章)。

■ 著作権 ── 実用品の形は、原則として著作物にならない

「デザインなのだから著作権があるのでは」と考えたくなりますが、工業製品の形態は、いわゆる応用美術の問題として、著作物と認められにくいのが実情です。

裁判例の考え方には幅がありますが、大まかには、実用目的を達成するために必要な機能と切り離して、それ自体が美的鑑賞の対象となるような創作性が求められます。装飾的な模様やグラフィックが施されていれば別ですが、焚き火台のような機能本位の構造物の形状が著作物として保護される場面は限られます。

なお、設計図面そのものについては図形の著作物として保護され得るという議論がありますが、これは「図面を無断でコピーされた場合」の話であり、「図面どおりの製品をつくられた場合」を止める根拠にはなりにくい点に注意が必要です。

■ 不正競争防止法の形態模倣 ── 自分が売っていなければ使えない

他人の商品の形態を模倣した商品を販売する行為は、不正競争防止法2条1項3号で禁じられています。登録が不要で、日本国内で最初に販売された日から3年間保護されるという、使い勝手のよい規定です。

ただしこの規定は、自分が現に商品を市場に出していることが前提です。開発途中で、まだ一度も販売していない企画段階の形は「他人の商品」に当たらず、保護の対象になりません。

■ 残るのは、契約だけ

こうして並べてみると、出願もしていない、販売もしていないという段階では、法律上の武器はほとんど残らないことが分かります。逆に言えば、その段階で自分を守れるのは契約だけです。

4. 見落とされがちな論点 ──「発明者」は誰か

共同開発の相談を受けるとき、当職が最初に確認するのがこの点です。

図4 共同開発で最初に決まる論点 ──「発明者」は誰か

特許を受ける権利は、契約によって与えられるものではなく、創作したという事実によって発明者に原始的に帰属します。つまり「誰が発明者か」は、当事者の力関係や資金の出し方とは無関係に、実際に技術的思想を創作したのは誰かという事実で決まります。

実務上、次のような関与は、それだけでは発明者と認められません。

  • 課題や要望を示しただけの人(「もっと軽くしてほしい」「この形にしてほしい」)
  • 資金を出しただけの人
  • 指示・管理をしただけの人

一方、その形を成立させる構造を考えた、板厚や寸法や組立方法を決めた、試作を繰り返して課題を解決した──こうした関与をした人は発明者にあたり得ます。

 

なお、共同で創作した意匠や発明は共有になり、共有者全員でなければ出願できません。片方が単独で出願しても、それは拒絶または無効の理由になります。もめたまま片方が駆け込みで出願する、という対応は解決になりません。

5. 本当の失敗は「順番」にある

図5 順番を間違えると壊れる

本件で当職がいちばん重要だと考えるのは、どちらの言い分が正しいかではなく、権利の話を切り出したタイミングです。

開発が終わった後の交渉は、ほぼ必ずどちらかが「そんな話は聞いていない」になります。投じた時間と費用が積み上がってから権利配分を持ち出すと、条件はどうしても一方に厳しく映るからです。3か月を無償で費やした側から見れば、完成後に出てきた「権利はすべてこちらに帰属する」という条項は、開発前に見せられたときとはまったく違う意味を持ちます。

この点は、笑’s側の説明そのものにも表れています。同社は問題の条項について、見積りの後に出てきた「後出し」だったと述べています。同じ条項でも、開発に着手する前に示されていれば「その条件なら設計料はいくら」という交渉の材料になります。完成後に示されれば、積み上げた3か月を人質に取られたように映る。条項の中身が変わったわけではなく、示されたタイミングが意味を変えたのです。

権利の話は、双方がまだ何も失っていない段階でしか、フェアにまとまりません。あるべき順番は次のとおりです。

  • ① 秘密保持契約(NDA):図面や試作品を見せる前に結ぶ。
  • ② 基本合意:完成品の意匠権・特許を受ける権利を誰のものにするか、相手が同種の製品を自社ブランドで出せるか、その独占の対価はいくらか。ここを開発着手前に文書化する。
  • ③ 開発・試作
  • ④ 製造委託契約:単価、数量、納期、不良品の扱いなど。
  • ⑤ 出願・販売:公開前に出願を済ませておくのが原則。

①と②は、合わせても数ページの書面です。3か月の開発に比べれば、まったく重い作業ではありません。それでも省略されるのは、この段階では双方の関係が良好で、「わざわざ書面にするのは水くさい」と感じてしまうからです。関係が良いうちにしか結べないのが契約だ、というのが実務の実感です。

6. 争点になった「著作者人格権の不行使条項」とは何か

報道では、契約書に含まれていた著作者人格権の不行使条項が決裂の一因になったと伝えられています。専門用語なので、簡単に補足します。

著作者人格権とは、公表権・氏名表示権・同一性保持権という、著作者の人格的な利益を守る権利です。著作権(財産権)と違い、法律上、他人に譲り渡すことができません(著作権法59条)。

そのため実務では、成果物を自由に使いたい発注側が「著作者人格権を行使しない」という特約を入れることがあります。受託側から見れば、これは「制作物に自分の名前を出せと言わない」「勝手に改変されても文句を言わない」という約束を意味します。

■ では、この条項に意味はあるのか

ここで多くの方が引っかかります。3章で述べたとおり、焚き火台のような機能本位の実用品の形は著作物と認められにくい。著作物でなければ著作権も著作者人格権も発生しませんから、製品の形に関する限り、この条項は空振りになる可能性が高いのです。

それでも条項が入るのは、契約書がいう「成果物」が製品の形だけを指しているとは限らないからです。

  • 設計図面:著作権法10条1項6号は「図形の著作物」を例示しています。ただし機能的な製図は「ありふれた表現」として創作性を否定されやすく、実務上は争いのあるところです。
  • 3D CADデータ、レンダリング画像
  • 製品写真、取扱説明書、パッケージ、ロゴ

これらは著作物になりやすく、条項が現実に効いてきます。加えて、著作物性は事前に確定できるものではありません。発注側としては、後から「これは著作物だ」と言われないよう包括的に入れておくのが定石です。意味があるかどうか分からないからこそ入れる、という性質の条項でもあります。

なお、不行使特約それ自体は実務で広く使われており、一般には有効と解されています。ただし、全面的・無限定な放棄については、公序良俗や権利濫用の観点から効力が制限される余地があるという議論もあります。

■ 本件で効いたのは、法的効果よりも交渉上の意味

問題になりやすいのは、「対価は製造委託料に含まれる」というような書き方で、その権利を手放す見返りがいくらなのかが読み取れない場合です。無償で設計・試作を担った側から見れば、対価の内訳が示されないまま権利の放棄だけを求められる形になり、受け入れがたく映ります。

法的にはおそらく空振りする条項が、心情的には最も刺さった。本件の決裂の一因として語られているのは、そういう構図です。契約書の条項は、法的な効力だけでなく、相手にどう読まれるかまで含めて設計する必要があります。

権利を相手に集約したいのであれば、その分の金額を明示的に上乗せする。これが、この種の条項を通すための最も確実な方法です。

■ 補足:意匠権・特許権に「人格権」はない

あわせて押さえておきたい点です。産業財産権には、著作者人格権にあたる権利がありません。出願書類に創作者・発明者として氏名が記載される(いわゆる発明者掲載権)にとどまります。

つまり「自分が考えたのだと世に示したい」という要求は、意匠権や特許権を取っても守れません。共同開発でクレジット表記を望むのであれば、その旨を契約条項として書いておく必要があります。実は、この種のトラブルで当事者が本当に欲しがっているのは金銭よりも「自分が考えた」という事実の承認であることが少なくありません。だとすれば、そこを最初に文書化しておくことの意味は小さくないはずです。

7. 立場別・共同開発の前に確認したいこと

図6 立場別・共同開発の前に確認したいこと

最後に、実務のチェックリストとして整理します。どちらの欄も、開発に着手する前であればすべて片付く項目です。着手後に持ち出すと、交渉ではなく紛争になります。

まとめ

  • アイデアそのものを守る法律はない。着想の段階で相手を縛れるのは契約だけ。
  • 意匠権・特許権は出願して初めて発生する。未出願なら主張できるものはない(公開後1年以内なら例外規定を検討する余地あり)。
  • 実用品の形は著作権では守られにくく、不正競争防止法の形態模倣は自分が販売していることが前提。
  • 共同開発では「誰が発明者・創作者か」が権利の出発点。要望を出しただけでは発明者にならず、一方で形を描いた人は意匠の創作者になり得る。
  • 権利と対価の話は、開発着手前に決め切る。完成後の交渉は必ずこじれる。

 

SNSでの発信力を持つ個人と、技術を持つメーカーが組んで商品をつくる。これ自体はとても良い座組みです。だからこそ、始める前の数ページの書面が、双方の信頼を守ります。

 

共同開発・製造委託の契約と出願をお考えの方へ

当事務所では、共同開発に入る前の秘密保持契約・権利帰属の整理から、意匠登録出願・特許出願までを一貫してお引き受けしています。「これから相手先に図面を見せる」「もう見せてしまったが今から出願できるか」など、段階を問わずご相談ください。

参考にした報道・情報源

本記事の事実関係は、次の公開情報に基づいています。

  • 笑’s公式Xアカウント(@SHO_s_official)の投稿(契約書の条項、開発経緯、被害届提出の意向について)
  • 「キャンプ好き芸人・ヒロシが焚き火台巡り“泥沼トラブル”に!」週刊女性PRIME、2026年8月
  • 「キャンプ芸人・ヒロシとトラブルの焚き火台メーカー『笑’s』に新たな動き」週刊女性PRIME、2026年8月
  • 特許庁「意匠の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について」(https://www.jpo.go.jp/system/design/shutugan/tetuzuki/ishou-reigai-tetsuduki/index.html)

 

※ヒロシさん側の主張については、本人のSNS投稿および上記各報道によっています。契約書の実物は公開されておらず、本記事が引用した条項は笑’s側が公表した文言です。

 

【免責】本記事は2026年9月時点で公開されている報道および当事者双方のSNS投稿に基づく、一般的な法制度の解説です。当職はいずれの当事者からも依頼・情報提供を受けておらず、契約書の実物を確認していません。特定の当事者の主張を支持または批判するものではなく、個別の事案についての法的判断を示すものでもありません。

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